2015-10-15

菊池寛とわんもり_02

 私は上京して間もなく、上野山下の『世界』と云う料理店へ友人と二人で上った。むろん、そんな所へ上るのは初めてであった。私達は、品書を見て「わんもり」を註文した。「わんもり」は八銭で、一番安かったからである。すると、女中が「わんもり」だけでいいかと云って訊いた。私達は、それだけでいいと云った。すると、女中がへんな顔をして去った。しばらくして女中が持って来たものを見るとお汁椀だけである。東京では、汁椀のことをわんもりと云うのだった。なるほどわんもりだけを註文するのはおかしいに違いない。

菊池寛『半自叙伝』

半自叙伝・無名作家の日記 他四篇 (岩波文庫)
菊池 寛
岩波書店
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