2013-11-06

芥川家は苺ずき

 

明治43(1910)年 6月4日 山本喜誉司宛書簡

尺一啓呈
昨日は丸一日歌舞伎座で下座の三味音楽のよび起こすやさしい情調を味はつてくらした 其為に君をたずねる事も出来なかった 留守には平塚が寄つてくれたさうだ家へかへつたら君のところの苺がとどいてゐた 難有く頂戴した 僕のところはうち中のこらず萄ずきである
けれども少し困るな このつぎに僕の方から何かさし上げる 君の方から又何か下さる それでは殆際限がない 僕の方から差上げるのはほんのありあはせである 頂くのならありあはせの時に頂きたいと思ふ 君からおばさんにあゝいふ御心配はなさらないやうに云って頂きたい 実は苺は今夜までで皆いたゞいちやつた 何しろ僕が紅茶椀に通計六杯人のはよく覚えてないが父が牛乳をのむ子供杯で母や叔母が湯のみで盛に平げたのだからね
お医者様へ行くのは明日にのばした頗気味が悪いどうも橋本は然諾相許す意気がないのだから少しあぶないやうな気がする
もう日本も雨期へはいりはじめた 無花果の大きな青葉に 破れ琴を弾くやうな雨の音がひつきりなしにするのはこれからだ雨期が売ると真夏だ 僕等は今一生の雨期にあるのかもしれない 勿々