2013-08-09

出生09_「芥川の父新原敏三」

新原敏三

幕末の動乱を生き抜いた人です。新宿に牧場があったというのは、現代からは想像できませんね。

長州征討

長州征討(ちょうしゅうせいとう)は、1860年代に、江戸幕府と毛利氏長州藩の間で2度にわたって行われた戦いである。長州征伐、長州出兵、幕長戦争、長州戦争などとも呼ばれる。 第二次の長州征討は第二次幕長戦争とも、また幕府軍が小倉口、石州口、芸州口、大島口の4方から攻めたため、長州側では四境戦争と呼ばれる。第二次征討の失敗によって、幕府の武力が張子の虎であることが知れわたると同時に、長州藩と薩摩藩への干渉能力がほぼ無くなる結果を招いた。そのため、この敗戦が徳川幕府滅亡をほぼ決定付けたとする資料も見られる。 ウィキペディアより

芥川は『点鬼簿』というタイトルで両親と姉の事を書いています。
【点鬼簿】死者の姓名を書いた帳面。過去帳。(大辞林より)
以下一部抜粋

点鬼簿

僕の父は又短気だったから、度々誰とでも喧嘩けんかをした。僕は中学の三年生の時に僕の父と相撲すもうをとり、僕の得意の大外刈りを使って見事に僕の父を投げ倒した。僕の父は起き上ったと思うと、「もう一番」と言って僕に向って来た。僕は又造作もなく投げ倒した。僕の父は三度目には「もう一番」と言いながら、血相を変えて飛びかかって来た。この相撲を見ていた僕の叔母――僕の母の妹であり、僕の父の後妻だった叔母は二三度僕に目くばせをした。僕は僕の父と揉もみ合あった後、わざと仰向あおむけに倒れてしまった。が、もしあの時に負けなかったとすれば、僕の父は必ず僕にも掴つかみかからずにはいなかったであろう。